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大阪地方裁判所 昭和39年(モ)3117号 決定 1965年2月10日

申立人 沢冨三

右申立代理人弁護士 栗須一

主文

本件忌避申立を却下する。

理由

本件忌避申立の要旨は

「一、布施簡易裁判所裁判官豊田真三は申立人を原告、伊藤まさを被告とする同裁判所昭和三九年(ハ)第一五八号請求に関する異議事件について関与審理中であるが、同裁判官には裁判の公正を期待し得ない事情がある。

二、すなわち申立人は右伊藤まさから布施市小若江三一二番地上家屋番号同所第五三六番の三木造瓦葺平家建居宅二十坪九合六勺を賃借していたものであるが、右伊藤は昭和三十二年十月分以降の賃料延滞を理由にその賃貸借契約を解除する旨申立人に通知して来た。

そこで申立人は直ちに布施簡易裁判所に調停の申立をした。しかし右伊藤は大阪地方裁判所に家屋明渡等請求の訴を提起しその訴訟を強行するのみで以来十ヶ月に亘る間一回も調停に姿を見せず申立人を疲労困憊させるに至った。当時申立人は多額の借金に追われ生活も極度に窮迫しており訴訟代理人を選任する資力もなかったこととて余儀なく右伊藤の要求するとおりの条件に応じ、その調停が成立することとなった。

三、ところで前記家賃の延滞は次の事情から生じたものである。

申立人はその生計を維持するため麻雀営業を思いたったが、所轄公安委員会に対する営業許可申請には家主である伊藤まさの承諾を添付しなければならないので、昭和三十二年四月十日頃その事情を話し同人の承諾を得た。

そこで申立人は布施警察署の事前諒解をとりつけ且つ他から高利の借金までして麻雀牌の買入その他の設備も整えたのであって、営業許可申請書類を作成していよいよ伊藤まさに承諾書の調印を求めるばかりとなった。

ところが右伊藤は口実を設けて先に与えた承諾書を撤回し、右調印を拒絶する態度に出た。かくて申立人は生計上の収入を得ることができず借入元利金、家賃の支払にも窮することとなった。

四、もともと伊藤まさは承諾書に調印したとしても何等自己に不利益または特別の負担を受けるということはない筈である。申立人が借金してまで既に営業設備を完了し、しかもその営業が申立人の生活上必要な唯一の手段であることを熟知しながら一旦与えた承諾を撤回し承諾書に調印をしないのは全く申立人の権利行使を妨害し申立人を困惑させる意図に出でたもので明かに権利の乱用である。

のみならず十ヶ月の久しきに亘り一回も調停に出頭せず、一方家屋明渡訴訟を強行しその間申立人の生活手段を妨害する等冷酷にして巧妙な戦術により申立人を困惑させその結果申立人に不利な調停に余儀なく応ぜしめたのはいずれも右伊藤の権利乱用に因るものである。

五、よって申立人は右原因事実を詳細具陳し且つ裁判所の釈明に答え主張事実立証のため第一回口頭弁論期日において人証の申出をしたのに拘らず担当裁判官豊田真三はにべなく右申出をしりぞけ、弁論を終結したのであって、これはまことに偏頗の処置でまさに裁判の公正を妨ぐべき事情に該当する。

申立人は右訴訟審理の経過を検討し苦慮した結果その後に至りその原因を覚知するに至ったので本申立に及ぶ。」

というものである。

しかしながら原告(申立人)の申出た証拠方法を採用せず弁論を終結したというような訴訟指揮上の措置を原因として当該裁判官を忌避することは許されない。

蓋し訴訟手続に関し裁判官のとった処置に対しては当該訴訟事件の訴訟手続の内部において民事訴訟法第百二十九条による異議の申立をなす等訴訟手続上の救済手段をとるべく、結局は本案審理に当る上訴審により批判さるべきものであって、それを忌避の手段に訴えることは忌避制度の本質に反し許されないといわなければならないからである。

従って訴訟指揮上の措置が仮に不公正、不公平と考えられるとしても忌避申立をするにはそのような措置がとられるに至った、裁判官と当該事件の当事者またはそれに準ずる者との関係で存在する客観的事情が忌避原因とされなければならないところ申立人の主張事実でこれに該当しそれからして一般に裁判の公正、公平を疑わせると思料されるものは何等存しない。

なお豊田裁判官が前記調停の成立に関与したとしても仲裁判断の場合と異りその請求異議事件を審理するのに何等法律上支障はなく、これを以て裁判の公正を妨げるべき事情といえないことはいうまでもない。

よって本件忌避申立はこれを却下すべく主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三谷武司 裁判官 山口定男 松尾政行)

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